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相模原「原住民」の視点

 相模原市が、高座郡相模原町から相模原市へと市制がしかれたのは昭和29年。その時の人口は8万人。私は小学校3年生であった。

 提灯行列で市制を祝った。当時、8万人に数えられていた人々も、もはや3万人は切ってしまったろう。照手姫同様、この地で生まれ育った私は相模原の「原住民」を自任している。

 さて、大学までこの地から通った私は、卒業とともに仕事に伴い実家を離れ、都内に在住した。このほど、老いた両親への孝行をすべく40年振りに実家へ戻った。

 これまで毎月、実家へは両親の様子を見に来ていたが、実家へ移り住み、散歩であちこち歩いてみると、相模原はすっかり変わってしまい、まるで知らない街へ来てしまったようだ。

 昔は、雑木林や畑ばかりだったのに、いまはどこまでも歩いてもコンクリートの道である。道保川公園や「木もれびの森」に昔の面影を残す自然がわずかに残っているに過ぎない。

 40年の間に、私の田舎・相模原はすっかり踏みにじられてしまった感がある。ここへ移り住んできた人たちには、自然豊かな田舎が、まだあるのだろう。しかし、そこを大事にすることも肝心だが、相模原を第二の故郷として、その自然を大事に考えていただきたい。

 人口が増えれば、政令指定都市になれば、そこに住む人たちの生活は本当に豊かになるのだろうか?

 照手姫同様、この地に生を受けた「原住民」として、そこをしかと見つめ、市政の改善案を提言して行きたい。
 



 
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