街路樹伐採、移住住民の愚考を糾弾す!

自然環境に恵まれた相模原に生まれ育った者としては、そこに生い茂る雑木や街路樹がそのまま大切にされることを切に願う。自然の水や草木、樹木と共生して行くことが、自然世界に生を受けた者の義務であり、それが自然への感謝である。


まかり間違っても、人間のエゴを通すために大木の伐採のごとき大罪は避けるべきである。
ところが最近、拙宅の近くを通る県道(JR上溝駅-JR淵野辺駅)の両側に植えられている約200本の「市の木」ケヤキが順次伐採されている。根本直径40~50cmの見事な大木である。
東京に住勤していたころ、老いた両親の顔を見に来る時、この両側に植えられたケヤキの緑のトンネルに来るとホームタウンに帰って来たという感慨があった。
今では残りは50本もなく、すべて伐採されつくすのも時間の問題となった。嘆かわしいことだ。
いったい、どこのどなた様がこんな愚行を愚考したのか、伐採工事を管理する市の土木部道路管理課へ問い合わせた。
市職員の説明によると、数年前にこの県道沿いに住む住民が、ケヤキの街路樹が大きくなり邪魔になったので、これを伐採処理し、成長しない樹木への植え替えを県に申請し、県がこれを了承した、当市が政令指定都市になり、市内の県道の管理が市に移管されたので、県の行政をそのまま受け継いで伐採工事をしている、とのことであった。
このケヤキが植樹された頃、私らは小学生で、星が丘からは16号を走るクルマが見えたものだ。星が丘から16号の間には、その頃、住宅らしいものはほとんどなく、畑と雑木が限りなく続いていた。相模原は市になったばかりだったろう。原っぱばかりの市の将来を思い、「市の木」ケヤキが植樹されたに違いない。
因みにその頃は、いまの市役所通りに市役所はなく、星が丘から今の相模原警察までは3つのロータリーがあったものだ。あの桜並木も、自分らの父親たち世代が市の将来を思い、ボランティアで労力を提供して植えたものなのだ。
それを後から市に住みついた移住住民が、自分たちの生活に邪魔だからと言って、その木を残らず伐採するのはどういう魂胆からか理解で出来ない。先述したような、市の創世期の先人の思いを踏みにじるようで腹が立つ。木が大きくなったなら、適当に剪定すればすむことではないか。まさに「愚かな住民のエゴ」だ。
木が邪魔なら、後からノコノコ移住してきた自分たちがそんなところに住まなければ良かったのだ。軒を借りている店子が、家主の屋敷の樹木が邪魔だといって勝手に伐採するのと同様の厚かましさだ。
このように環境育成に配慮の至らないサル同様のレベルの低い連中は、トットと相模原から出て行ってもらいたいものだ。
それにしても、県の行政を引き継いだ市側としては、この引継ぎ内容に疑問を感じなかったのか?
直径40~50センチもの「市の木」ケヤキの生木を200本も伐採する殺生な環境破壊を食い止めるべきだった。
「潤水都市」を掲げて、豊かな環境を訴求しているのに一方では、このような引き継ぎを丸飲みで実行する行政センスも困ったものだ。中央官庁の霞ヶ関官僚のズル賢い立ち回りも許し難いが、地方官僚の鈍感さも輪をかけて嘆かわしい。
加山市長はどう考えているのかねぇ。新しい大阪市長なら何と言うかねぇ。
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